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林信吾さん(Terra Motors Vietnam代表取締役)

林信吾さん(Terra Motors Vietnam代表取締役)

EVバイクでベトナムに挑む。「マイノリティこそ、気持ちいい」

ベトナムで、現地スタッフとともにTerra Motors Vietnam代表としてEVバイクの市場開拓を行う林信吾さん(27)。弱冠24歳という若さで海外事業の展開に抜擢された林さんのターニングポイントと人生選択の基準について伺いました。

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小学校時代に味わった挫折

学生時代に熱中していたことについて教えてください。

小学校2年生~高校3年生までサッカーをやっていましたね。小学校の時は将来はプロサッカー選手になりたいと思っていました。小学校5年生の時に、日本代表選抜の選考会でまさに同じ年代の何人かのトップ選手達のプレーを見て、レベル差に愕然とし、この道でNo.1になることが難しいと思いました。実際にその人達は実際にプロサッカー選手や日本代表になりました。

この頃から「やりたいことをやりたい」という意思が強く、一度熱中すると、一つのことに対して最後までトコトンやりこむ性格でしたね。やるからにはNo.1を取りたい。勝てる場所で勝負する。この姿勢は今でも変わっていません。負けず嫌いなので。

大学は早稲田大学のスポーツ科学部。高校は関西の進学校に通っていたので周りは京都大学や大阪大学を目指す学生が多かったのですが、将来、プロ選手ではないとしても、スポーツに関わる仕事に就くことを描いていたのでこの大学しかないと思い、1校のみを受験しました。

やりたいことが見つからず、自分探しのために休学

みごと志望大学に合格されたわけですが、大学3年生の時に休学されていますよね。それはなぜだったのでしょうか。

大学3年の時に、大学生が制作するフリーペーパーの全国大会を運営するという全国唯一の学生団体の代表を務めました。イベント運営について何も知らないところから、協賛金や人を集めたり、審査員を大手広告会社の人に務めてもらったりして一つのイベントを作り上げました。かなり熱中していて、やり切った感もあったのですが、終わった途端、燃え尽きてしまったんですよ。

その後、色々な会社の新規事業起ち上げの話をいただいたり、学生起業を目指したこともありましたが、自分のやりたいことがわからなくなってしまいました。なぜかスポーツに関わる仕事に就きたいという夢も見失っており、軽いうつ病になりました。ここから約半年くらいはこの状態が続き、空白感でいっぱいなり、次第に外にも出なくなってきてしまいました。

まわりの仲間は優秀な人ばかりで行きたい会社に行けるような人たちでした。自分はその人たちと比べて何も違わないのに、将来やりたいことがわからなくなり、就職活動でどこの会社を受けたらいいのかわからなくなったんですよ。だから、一年間休学してじっくりやりたいことについて考えることにしました。

グラミン銀行インターンを経て、価値観が180度変わる

休学中はどのように過ごされていたのですか。

休学中は、今までのビジネスの場とは違った様々な経験を過ごしていきたいと思っていました。バングラデシュのグラミン銀行でのインターンやカンボジアでの地雷の被害者へのインタビューなどをはじめとした現地調査を通じて、自分の価値観や考え方が180度変わったと思います。

バングラデシュ渡航中の様子

そのような経験を経て、自分の視点やどの様に変わりましたか?

当時はやりたいことが何かわからず悶々としていたんですね。世界最高に恵まれている日本人の僕が(笑)。でも、初めて行ったバングラデシュの人々の多くは自分のやりたいことがあってもそもそも環境が許さない。例えばサッカー選手になるにも弁護士になるにも医者になるのも環境的に難しいんです。食べることがまず第一みたいな生活をしていて、あぁ、日本人の僕が夢ややりたいことから逃げていてはダメだと。

つまり、自分は本当はやりたいことがあった、あるのに逃げている感じがしたんです。よくよく考えると自分は世界で最高に恵まれているわけで、失敗してもバングラデシュに移り住んで川のお風呂(写真)で生活すれば最悪は生きていけると悟ったんです。

また、世界にはたくさんの課題があるので、その課題にたくさん向き合いたい。時間は限られています。自分の人生の使い方を、「自分の夢にチャレンジする」「社会を変えること」に全力で使いたいと思ったタイミングでした。

世界的スポーツメーカーによるプロジェクト参画を目指すが挫折

その気付きの後にどんなことがしたいと思ったのでしょうか。

海外経験を経て改めて自分の人生を通じてのテーマが「スポーツ」と「新興国の雇用を生み出す」ことにあると思いました。その時にある人から世界的スポーツメーカーが2010年南アフリカワールドカップにあたって新興国に向けた極秘プロジェクトが走っていることを耳にし、そこに参画させてくれと責任者に会いにドイツに行き、直談判しました。その際に、「君は英語が出来ないからそもそも話にならない」と突き放されてしまったんです。

そのため、その足でフィジーに行き、2か月間の英語留学をスタートさせました。当時英語なんて日常会話すら出来なかったけれど、必死に勉強してビジネス英語で出来るレベルにまで一気に上達させて再びその責任者に会おうと帰国しました。

すると、そのプロジェクトが無くなっているという…(笑)正直人生どうしようかと思いましたね…。

ベトナムでEVバイクの定着を目指す

そんな中、なぜテラモーターズへ就職を決めたのですか。

アメリカやイギリスのスポーツビジネスはプロのビジネスマンが展開しているんですよ。自分もプロのビジネスマンやアントレプレナーとして将来はスポーツの世界に入っていきたい、とキャリアを考えていました。

そういうキャリアを描くためには、世界でNo.1を目指せる会社であり、かつ自分も力をつけられるような、年齢層が若く、裁量権を持ってなんでも経験ができる小さい会社に入社するのがいいだろうと考えて探していたら知り合いの紹介でテラモーターズに出会いました。

テラモーターズの事業は、新興国の問題に対してビジネスを通じて解決していくという意味でも魅力を感じました。アジアの新興国で電動バイクを生産・販売していくことで市場をつくって雇用を生み出すということを自分でやれるのは休学中に思った原体験とも重なり、ここなら面白いと思い、大学4年の時に最初のインターン生として入社しました。

入社当時、実は製品もウェブサイトも何もない状態からのスタートの会社でした。壮絶な体験ばかりで大変でしたが、初めて製品が売れたり、メディアに取り上げられた時にはすごく嬉しかったですね。そういう一つひとつの感動が味わえるのはベンチャー企業ならではの醍醐味だと思います。

その後、大学を卒業した年の7月にベトナム支社長として赴任し、4人の現地スタッフを採用し、事業を展開しています。国ごとに生産するバイクも違うため、販売だけでなくEVバイクの企画・開発もゼロから全て自分で行います。

ベトナムは本当にバイク国家なんです。だからこそ、街中でテラモーターズのEVバイクが普通に走っているような状態にし、現地で多くの雇用を創出することを目指しています。

将来的には、もしテラモーターズがうまくいったら、ベトナムのサッカーチームのオーナーになって30年後にレアルマドリッドをベトナムのサッカーチームが倒すみたいな夢も描いています。

自分の“心の声”に従う。「マイノリティでも良い。人と違うことは価値になる」

これまでの進路選択の際に、基準になったことはどのようなことでしたか?

「やりたいこと」を貫き通してきたと思います。たとえ周りに無理だと言われても、自分がやりたい、正しい、と思うことをやってきました。他人の声は気にしません。

たまにその厳しい現実から逃げたくなることもありましたが、今は世界基準で見ているので、この世界的に見たらトップクラスに恵まれている自分がチャレンジしないで誰がするのかと思っています。

一方、日本の同世代の人を見ていると、周りの評価を気にしすぎていたり、現実を保守的に見すぎて物事を決めてしまっている人が多いような気がします。例えば、就職活動でも「大手の優良企業に入社できれば、人生は幸せだ」というふうに。

僕は周りの基準によって自分の幸せの基準を決める人生は送りたくない。周りの声ではなく、「本当に心の底からそれをやりたいのか」ということを深く考え、自分の心の声に従うことが大切です。それが例え、「マイノリティ」でもいいと思いますよ。

自分としてはマイノリティであることは、ちょっと気持ちいいんですよね。マイノリティというのは「少ない」ということであり、価値が高いことなんです。要は、別に誰が何と言おうと、それがマイノリティであろうと、正しいと思ったこと、やりたいと思ったことをやっていた方がより幸せだと思っています。自分の人生なんですから。

余談ですが、ぼくの名前は「信吾」で 「吾(我)」を「信じる」という意味なんです。こんな性格になったのも名前の影響もあるかもしれませんね。

ありがとうございました。

感想

ベトナムでEVバイクの定着を目指して市場開拓する林さん。常に「自分の心の声」に耳を傾け、やりたいことを貫き通してきた林さんの姿勢は、「やりたいことが見つからない」と悩む人へのヒントになるかもしれません。今後どのように社会に変化を起こしていくのか楽しみです。

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